金原ひとみの小説を『ちょっと思い出しただけ』の松居大悟監督が映画化した『ミーツ・ザ・ワールド』が、10月24日に劇場公開を迎える。推し活が生きがいの銀行員・由嘉里(杉咲花)はある夜、歌舞伎町でキャバ嬢のライ(南琴奈)に介抱される。その後、ライとルームシェアを始めた由嘉里は、希死念慮を抱える彼女を“救いたい”と思うが――。オーディションでライ役を射止めた南琴奈に、撮影の舞台裏と共に、デビューから現在に至るまでの軌跡を聞いた。
◆“悔しさ”が芝居の面白さに目覚めるきっかけに
――本作のオーディションでは、ライのヘアメイクを施してもらった状態で臨んだそうですね。
南:はい。会場に着いたらヘアメイクさんがいてくださって、初めての経験でした。オーディションでは課題だった「ライが由嘉里にメイクする」というシーン以外の部分は想像するしかなかったのですが、きっとライはラフで自由な人なのだろうと思いました。のびのびとしたイメージがあったため、変に考えすぎず気負わず、その場の空気で柔軟にやれたらとオーディションに向かいました。
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――そしてまさかの杉咲花さんがいらっしゃったわけですね。いきなり一緒にお芝居されて、硬くなったりはしなかったのでしょうか。
南:緊張もあったかと思いますが、それよりはご本人がいる!一緒にお芝居できてうれしい!という気持ちの方が強かったです。またとない貴重な経験だからと純粋に楽しんでしまいました。
――素晴らしいマインドですね。南さんは小学校6年生の時にスカウトされて芸能界入りされたそうですが、お芝居の面白さに目覚めたきっかけなどはあったのでしょうか。
南:面白いなというより、悔しいな、もっとやりたいという気持ちが大きかったと思います。初めて演技をしたのはミュージックビデオでしたが、約1週間の撮影期間中は何が正解かもわからず、監督に求められていることをやりきろうという気持ちで臨んでいました。でも後々そのMVを見返したら「もっとこういう風にできたんじゃないか」と自分の中の負けず嫌い精神が出てきました。きっと「これ以上を自分は出せる」と思っているからこそ悔しい気持ちになったかと思うので、あの瞬間がきっかけだったような気がします。
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――南さんはその後『ちひろさん』で今泉力哉監督、『舞妓さんちのまかないさん』で是枝裕和監督といった錚々たる方々と組まれてきましたが、その“悔しさ”は今もまだあるものでしょうか。
南:毎回思っていますし、『ミーツ・ザ・ワールド』でもそうでした。尊敬する俳優の先輩方や、作品を観ていた監督とご一緒すると、自分と周りの実力の差がこんなにも浮き彫りになるんだ、といつも痛感します。そのぶん悔しさも感じます。でも、いまの自分にできる精一杯はやっているのでマイナスなものではないですし、様々なことを吸収させていただいたからもっとレベルアップできるはず、とも思っています。後悔はないけれど、納得はいっていないという感じでしょうか。
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――伸びしろってやつですね。
南:はい、伸びしろってやつです!(笑)
◆杉咲さんが由嘉里でいてくださったから自然とライになれた
――テレビドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』も先月最終回を迎えましたね。
南:まさかこんなにスポットが当たるような役になるとは思っておらず、脚本を読ませていただいたときは自分でも本当にびっくりしました。1話と10話では心情が全く違っていますし、展開もスピーディで感情の振れ幅が相当難しいだろうなと感じて、撮り終わった直後は不安でしたが、プロデューサーさんから「良かったよ」と言っていただけて安心して最終回の放送を待てました。「ぼくほし」の現場は、磯村勇斗さんが大きな背中でなんでも受け止めてくれて、平岩紙さんの前では自然と素直になれました。おふたりが役柄同様でいてくださったから、私も安心して演じられました。
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――『ミーツ・ザ・ワールド』では、杉咲さんからどんなことを吸収されましたか?
南:現場の立ち振る舞いもそうですが、作品に対しての熱量でしたり、どこまで役への理解を深められるかをどこまでもやる方でした。そのパワーを近くで感じられたのはとても大きかったです。
――杉咲さんは支度部屋などでお話しされている時と、本番ではガラッと雰囲気が変わられていたのでしょうか。
南:現場に入ったら切り替えられているんだろうなと思う瞬間はありましたが、いつでも気さくに話しかけてくださいました。撮影の合間なども笑いながら話していましたし、本番直前でスッと入り込まれる方でした。
――南さんご自身はいかがでしたか?
南:がっつり切り替えるということはなかったように思います。ライはつかみどころのない役ですから、演じる私自身がしっかりつかめてしまうのは違うかなと思っていました。そのため「役に入る」という感覚はそんなになく、杉咲さんが由嘉里でいてくださったから自然とライになれた感覚です。
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――松居監督からは南さんがNGを出すことがなかったと伺っています。ホンが完璧に頭に入った状態で臨まれていたかと思いますが、セリフなども入れやすかったのでしょうか。
南:そうですね。オーディションの時もそうですが、セリフを覚えて言っている感覚にはなりませんでした。今までは「これを覚えて、この後にこのセリフを言って……」と頭のどこかで考えているところがありましたが、今回に関してはするっと入ってきました。初めての感覚で、自分でも不思議でした。
――相性が良かった、ということなのでしょうか。
南:そうかもしれません。現場の居心地が良すぎて、本当にのびのびとやらせていただいたことも大きかったのではないかと思います。
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◆松居大悟監督の演出に迷うことなく安心して演じられた
――オーディション合格後、松居監督からは「そのままでいてほしい」とお話があったそうですね。現場ではどのような演出があったのでしょう。
南:例えば、ラーメンの食べ方です。箸の持ち方がちょっとぐちゃぐちゃだったり、食欲旺盛ではなく麺1本だけを食べるような感じにしたいといった細かい仕草について、また返事のトーンについても一定になるように、といった部分を話し合って下さいました。
松居監督は良い意味でとても素直な方だと私は思っていて、本当に良いと思ったものに関してはその気持ちが乗ったOKを下さるため、とても安心感がありました。監督が撮りたい画を撮れているのなら間違っていないな、と思えて、迷うことはありませんでした。
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――ちなみに、完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
南:やっぱり初めて観たときは自分が大丈夫かどうかを意識してしまい客観的ではいられませんでしたが、自分の演技の反省点を考えつつも特に後半、由嘉里とアサヒがここまで一生懸命になって動いてくれたんだと驚きました。きっとライはこうやって人々の心の中で生きていくのだろうと思えましたし、『ミーツ・ザ・ワールド』の伝えたいことになっているのではないかとも感じました。物理的に一緒にいなくても心の中で思いやっていく関係も素敵ですし、余韻のあるラストも好きでした。現実でも起承転結がちゃんとある方が少ないからこそ、この映画がそんな現実を生きる私たちの助けになってくれて、前を向けるのではないかと思います。
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――南さんはクリープハイプ好きと伺いましたが、劇伴と主題歌はいかがでしたか?
南:めっちゃくちゃ素敵でした! 試写会が終わった後にもう一回聴かせていただいたのですが、本当に映画にぴったりだと思います。「だからなんだって話」の中で尾崎さんとカオナシさんが掛け合っているのが由嘉里とライが話しているようにも思えて、愛を感じました。
――本日は貴重なお話の数々、ありがとうございました。ちなみに南さんが最近面白かった映画はありますか?
南:『リンダ リンダ リンダ』です。私が生まれる前の作品ですが、映画好きの友だちから「いい作品だよ」と聞いたり、様々な場所で推されているのを目にしていたためいつか観たいと思っていました。そうしたら先日、4Kリバイバル上映がやっていると知って劇場に行きました。ここ最近観た映画で一番ときめいたかもしません。みんなこの名作を観てきたんだ、もっと早く観たかったなと思うと同時に、どうせ観るなら映画館で観たいと思っていたので願いが叶ってうれしかったです。
(取材・文:SYO 写真:米玉利朋子[G.P.FLAGS inc])
映画『ミーツ・ザ・ワールド』は、10月24日公開。
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