1999年の俳優デビューから丸25年を過ぎた菊川怜。一時は芸能活動をセーブしていたが、昨年から活動を本格復帰させ、実に『大奥』(2010)以来15年ぶりの映画出演となる『種まく旅人 ~醪のささやき~』では主演を務めている。同作で老舗酒蔵を視察で訪れるキャリア官僚の理恵を演じた菊川。自身も東京大学出身のエリートであるのは知られたところだが、かつては「東大という枠にはめて見られたくないと葛藤があった」と明かした。現在は3人の子を育てている菊川に話を聞くと、劇中の母の気持ちに心を寄せ、涙を抑えられなくなった場面も。
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■家族の物語に気持ち寄せ涙「観客としては母の立場で見てしまいます」
――15年ぶりの映画出演。しかも主演です。
菊川:初心に戻ったようで、ドキドキと緊張感がありました。いまの私は子育てをして頭がごちゃごちゃしてるので、そうした日常モードとちゃんと切り替えて集中できるかなとか、セリフは言えるのかなとか。やっぱりブランクがあるので、撮影ってどんな感じだったっけと(苦笑)。セリフ覚えも時間を見つけては、何度も何度もやっていました。
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――淡路島にある老舗酒造にやってくる、農林水産省の官僚・理恵役です。伝統継承や後継者問題を前にして、“人”にまっすぐにぶつかっていく一直線で生真面目な理恵は、菊川さんにぴったりでした。
菊川:たしかに私自身、生真面目なところはあります。ただ理恵ほどのコミュニケーション能力というか、グイグイ行くようなところはないですね。彼女はとにかく恐れずにやってみる。“Do!Do!Do!”ですから(笑)。その精神は、強いし、いいなと思いました。
――理恵がともに問題に向き合っていく、蔵元家族のストーリーも大きな軸でした。
菊川:5代目を継ごうとしている孝之くん(金子隼也)のお母さんが亡くなっている設定なんですよね。孝之くんが一生懸命頑張っている姿を見ると、どうしても母親目線になって考えてしまいました。コロナ禍のなか、いろいろ抱え込みながら頑張ってきたんだなと思って。“ああ、彼の頑張りを、近くでずっと見守っていたかっただろうな”と……。(涙ぐむ)……。ごめんなさい……。
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――菊川さんも3人のお子さんを子育て中ですし、心を寄せる部分が大きかったんですね。
菊川:役としては違うんですけど、観客としては、物を見る立場が変わってきたなと感じます。昔だったら、孝之くんのことも、“かっこいいな”と言って見ていたと思います(笑)。いまはどうしても観客としてとなると、母としての立場で見てしまいます。
――父親(升毅)とも、互いの思いを口に出して言えなくなっていたので心配になりますよね。
菊川:なかなかね、うまくいかなかったところもあって。でも理恵がくることで、動きますよね。私、『種まく旅人』って、すごくいいタイトルだなと思うんです。これは理恵が蒔いた種が、ちゃんと実を結んでいく物語だと思っていて。さらっとやってきた旅人が、心地よい種を蒔いて帰っていく。その感覚がすごくステキなお話だなと思います。
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■大抵聞かれるのは「東大出身」にまつわる話だった
――「昔だったら」というお話が出ましたが、菊川さんは、東京大学在学時から芸能活動をされてきました。いまでこそ芸能界にも東大出身の方がチラホラいらっしゃいますが。
菊川:とはいえ、数は少ないですよね。
――菊川さんが活動をスタートさせたときはさらに少なかったかと。「東大出身」ということによる視線は感じる時がありましたか?
菊川:もちろん。いろんなところに、それで呼んでもらっている実感がありました。いい意味でも悪い意味でも、聞かれるのは大抵そこについての話だし、やっぱりみなさんそこに興味を持っていただいているのはすごく分かりました。
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――ポジティブに受け止められていましたか?
菊川:ポジティブなことではありましたけど、当時は私自身が若くて。本当にただの学生として勉強してきただけで、社会経験もない中、人から興味を持って聞かれたときに、どう答えたらいいのかが分かっていませんでした。自分のなかで整理がつかないまま、いろんなことをこなしていた感じです。混乱していた部分があったと思います。
――やっぱり真面目なんですね。
菊川:そうかもしれません。どう答えればいいんだろうと。あまり真面目に答えちゃったら堅く見られちゃうなとか。じゃあ、もうちょっと冗談っぽく言ってみようとか。もうちょっと素直に思ったことをポンポン言ってもよかったのかもしれないんですけど、当時はいろいろ考えすぎちゃって。“こう答えたら、こう受け取られちゃうから気をつけなきゃ”とか、いろいろ考えていました。
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■人生は、ずっと勉強 変化、葛藤があるから成長できるし飛躍できる
――あくまで菊川さんを知るうえでの窓の一つとして聞かれているのではなく、“東大”というフィルター越しに自分を見られてしまっているという感覚もあったのでしょうか。
菊川:“東大という枠にはめて見られたくない”という葛藤はあったと思います。だけど今思えば、実際に東大にいたんだから、それはそうなんですよ(笑)。もっと肩の力を抜いて考えられればよかったんですが、当時は、その物差しが私の第一面に立ってきてしまうことへの葛藤は、どうしてもありました。でも今考えると、そのおかげで、いまここにいられるのだと思います。
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――しっかりキャリアを積まれてきて、現在は“東大出身”が、菊川さんのプロフィールの“一部”になっていますね。
菊川:というか、そこは私が考える必要がなかったなと。周りの方がどう見てくださるかということと、自分がどうあるかというのは別物なので。“こう見られたい”と思った時点で、もうそれは自分じゃないんですよね。“東大っぽく見られたくないから、もっと普通に、こう振る舞おう”とか。その時点で自分じゃない。
――なるほど。
菊川:自分に一本軸が通っていなかったのだと思います。未熟だったんです。自分としての軸がちゃんとあれば、東大出身であることも、自分の一部として受け入れて、ドンとしていられた。自分の軸がちゃんとないままに社会に出たことで、グラグラと勝手に振り回っていたのだと思います。
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――でもそうした葛藤は当然ですし、そこを踏ん張って仕事をされてきたから、いまの菊川さんがいるんですね。
菊川:そうですね。試行錯誤しながら、いろんな経験をさせていただくなかで、長い時間がかかったけれども、自分というものを作ってきたのかなと思います。
――そして今また、新たに“母”というご自身の面が。
菊川:はい。人生には次から次へと新しいことがやってきます。自分を作ってきたといっても、固まりません。人生、ずっと勉強。なんていうとまた生真面目発言になっちゃいますけど(笑)。でもそれがあるから、成長できるし、飛躍できる。なので、変化にもがくことはいいことなのだと捉えようと思っています。
(取材・文:望月ふみ 写真:高野広美)
映画『種まく旅人 ~醪のささやき~』は、10月10日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開
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